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薬師寺

先日奈良の薬師寺の万燈会(まんとうえ)に行ってまいりました
薬師寺を発願された天武天皇の法要です
暗闇に浮かび上がるたくさんの燈火が美しかったです
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さらに、食堂(じきどう)の中には素晴らしい作品が収められていました
田渕敏夫先生による「阿弥陀三尊浄土図」
その前には小倉遊亀先生が奉納された「天武天皇」「持統天皇」「大津皇子」がありました
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薬師寺の玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)伽藍には平山郁夫先生筆による玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」が納められています。その平山先生に師事した田渕先生が食堂に描いた全長約50メートルにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」の最後の方=平城京では、亡くなられた平山先生の岩絵の具を用いていると聞き、師弟のつながりを感じ、じーんとしました。

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ここのところ現代の作家による襖絵や壁画が様々な寺院等に収められていますが、これからはもっと増えてゆくのでしょうね。
楽しみです。

カーム株式会社では、美術品骨董品の買取をしています。
ブランド品や時計・金の買取も行っています。
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利休にたずねよ

直木賞受賞作品 山本兼一氏の「利休にたずねよ」を見てきました。


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市川海老蔵と亡くなった團十郎との親子共演、中谷美紀やクララ、壇れいの美しい女優たちも良かったけれど、茶道具を扱うものとしては、映画の中で実際に使用された数々の名品茶碗に目がくぎ付けとなりました。

黒樂茶碗
長次郎作 銘万代屋黒(もずやくろ)
樂美術館所蔵
利休切腹の前などに使用されました。

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熊川(こもがい)茶碗
銘山路
肥前国平戸藩四代目藩主松浦鎮信伝来

利休の直弟子のひとり山上宗二が利休から授かったもので、この茶碗が元で秀吉に処分されたという設定で使用。

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井戸茶碗
銘春日
三井家伝来のやや小ぶりな茶碗、秀吉が好んだものとして初めて利休が秀吉に茶をふるまったシーンで使用されていました。

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赤樂茶碗
長次郎作銘小手巻
個人蔵
利休が一人で待庵で茶を点てる場面で使われました。

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ストーリー、キャスト、プロダクションすべてにおいて楽しめた映画でした。

個人的にはこの方も良かった

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奥高麗茶碗

奥高麗茶碗(おくごうらいちゃわん)
奥高麗1


桃山時代の焼物です

高麗といえば
昔の朝鮮半島の呼び名で
現在の韓国を差します

その形や、「高麗」という名前から
朝鮮半島から伝来した高麗茶碗の一種だと
間違われることも多いのですが
実はこのお茶碗、唐津焼の一種です

唐津の焼物は古くから茶の湯の世界で珍重されてきましたが
この奥高麗は、その中でも別格とされ
極めて高い評価を受けています


名前の由来
「奥」には「古い」と言う意味があることから
古い高麗茶碗を写したと言う説が一般的です
他には
唐津の奥、すなわち朝鮮のことである説や
高麗(朝鮮)のさらに奥、すなわち現在の北朝鮮を指す
などがありますが、いずれにせよ
高麗茶碗の写しという意味があるのは間違いない様です

特徴
ゆったりとしたで、「碗なり」の器形であるということ
(例:井戸、呉器、熊川など)
一般的な唐津の土よりも細く、砂気の少ない土を使っていること
竹の節高台で、高台内に兜巾があること
無紋で、模様が入っていないこと
もちろん例外もありますが
基本的にはこの辺りが特徴で、見所になります

奥高麗


奥高麗は唐津焼の中でもかなり初期のものだと言われています

唐津焼の歴史における通説では
豊臣秀吉が朝鮮半島へ出兵(文禄・慶長の役)の際に
朝鮮半島から強制的に連れてきた陶工たちに
開窯させたのが始まりとされています

このように、唐津焼の制作自体に朝鮮人の陶工が
大きく関わっていることや
その形や特徴、ほとんどが無地であることなどを考えると
当然、奥高麗は唐津の中でも
特に初期のものであると考えられるのです



米量(よねはかり、こめはかり)と呼ばれ
日曜雑器として
米びつの中にほうりこまれ
米をすくうのに使われていた
計りと言っても
その時代に計量カップのように正確な目盛や
器の大きさに決まりなどがあるわけではなく
伝世する物の大小も様々ですので
米の量を計るというよりは、ただ、
米をすくうための雑器と考えて間違いないでしょう


以前、ある美術商の方が
「奥高麗の名品は、必ず口にキズがある」
そう話していました
もちろん無傷の名品もあると思いますが
このように、雑器として扱われてきたため
伝世している奥高麗のほとんどは、口や胴に
欠けや直しがある場合がほとんどです

このように、今日では名品として珍重されている奥高麗も
本来は、日用品として作られて
現在の一般食器の様に
雑に扱われてきたものだと思います

そこに侘びの美を見出し、大事に伝世してきた
茶人の心を大切にしたいものです





桂離宮

先日京都市西京区にある桂離宮に行って来ました。
職員の方のお話ですと、今年はこの日が紅葉の一番綺麗な日だったそうです。

桂離宮の歴史を簡単に説明すると、後陽成天皇の弟八条宮初代智仁親王により、宮家の別荘として創建されたのが始まりですが、かの源氏物語の中でも「桂殿の跡地」として“月の澄む 川の遠ちなる里なれば 桂の影はのどけかるらむ”と詠まれています。
智仁親王により山荘の造営が始まり古書院が建てられました。親王が没せられた後は、二代智忠親王により中書院、新御殿、月波桜、松琴亭、賞花亭、笑意軒等が増築されました。この際には小堀遠州が造園に関わったのではないか?との推測もあります。


桂離宮の見学は下記のようになっていて、およそ1キロを60分でまわります。
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※宮内庁作成のパンフレットから

桂川が流れる離宮の東側から北側には有名な「桂垣」があります。
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生きている竹(笹ではない)を特殊な方法で生垣にしてあり、維持が大変なんだそう。

後水尾上皇の御幸が何度もあったため、専用の表門とそれに続く御幸門があります。
紅葉と茅葺切妻屋根の「御幸門」
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桂離宮は茶室や書院をもつ数奇屋造のため、「松琴亭」の待合腰掛としての「外腰掛」があります。
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写真には写っていませんが、対面には大きな蘇鉄が植えられていて、今でこそ珍しくはないものですが、当時は大変貴重な植物で、薩摩藩島津家からの献上品だったそうです。日本庭園に蘇鉄とは少し違和感がありましたが、そう聞くとなんだかアリな気がしてくるものです。

洲浜
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灯籠を灯台に見立てて海を演出し、「天の橋立」に見立ててあるのだそう。
この池泉回遊式庭園には船着場や灯籠、手水鉢(蹲)が効果的に配置してあり、そこも見所になっています。

桂離宮で最も格の高い茶室「松琴亭」です。
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この青×白の市松模様の襖はあまりにも有名ですね。
狩野探幽筆による襖絵も格式の高さの表れです。
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峠の茶屋とも呼ばれる「賞花亭」連子窓が鄙びた味わいです。
秋には「たつた屋」春には「吉野屋」の暖簾がかかっていたそう。
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「園林堂」は宮家代々のお位牌が祀られていたところ
扁額は後水尾上皇の宸筆
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紅葉の中に佇む「笑意軒」は田舎家風の茶室
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ここでは様々な引き手が楽しい
「櫂」の引き手
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「矢」
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書院の方には「月」などもあり、スーベニアのモチーフにもなっています。

有名な「桂棚」もある書院・御殿は外からのみの見学でした。雁行形(雁の集団が並んで飛ぶ姿)並びと高い床が印象的な建物でした。
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月見台では月観や納涼の会が開かれたのでしょうね。
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最後の建物「月波桜」へ
ここは唐紙の襖が美しかったです。
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額縁に切り取られた秋の景色
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舟の底のように組んである竹の垂木
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とても手入れにお金がかかると言う「松」
奥の景色を隠して、その先に期待をもたせるという趣向
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外から見るだけでしたが、お輿寄せの「六つの沓脱」
六人の沓を並べることができるそうです。
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紅葉が美しかったこともあり、とてもとても美しい建物とお庭でした。
自然と融合している修学院離宮と人工美を追求した洗練された桂離宮
どちらもそれぞれに美しいものだと思います。

ブルーノ・タウトに「最高の芸術品」と言わしめた桂離宮
今度は雪の時期に行きたいと思いました。



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祇園祭

7月1日から約一ヶ月間に渡って執り行われる祇園祭。
17日の山鉾巡行がメイン行事で「動く美術館」とも呼ばれますが、それに対する「静の美術館」と呼ばれる屏風祭りや会所飾りを見学してきました。

祇園祭は貞観11年(869年)に全国的な疫病が大流行した折、66本の矛(ほこ)を神泉苑に立てて悪疫退散を願った祗園御霊会が始まりと言われています。
応仁の乱で中断した後、財力をつけた町衆により再興が進み祭りもより豪華に盛大になって行きました。

山鉾を持つ町内は室町通・衣棚通・新町通・西洞院通などの呉服両替商の大店があった通りに多く、旦那衆が我が財力を競うように山鉾の懸装品にお金をかけて整えたものが今も残っていてます。
巡行当日にはそれらを装着して町中を練り歩くため「動く美術館」と呼びますが、各会所ではそれらを宵宵宵山から宵山にかけて展示していて、間近に見る事ができるため「静の美術館」とも呼びます。

有名なものをご紹介します。

函谷鉾(かんこほこ)から今尾景年により軒裏の「鶏鴉図」
函谷3

八幡山より17世紀明代綴れ織「婦女嬉遊図」と左甚五郎作鳩の木彫
八幡山2
八幡山4

孟宗山より平山郁夫原画による胴懸 
孟宗山1

芦刈山より山口華楊原画による見送
芦刈山1

北観音山より 三井家や伊藤家などの豪商の町だけに豪華な唐破風や天井水引
北観音山4

橋弁慶山より 大仏師康運作の牛若丸と弁慶
橋弁慶山6

登竜門鯉山より 左甚五郎作鯉
鯉山3

木賊山(とくさやま)より明時代の「鳳凰牡丹図」綴れ織
木賊山2
などなど貴重な美術品を多く見ることができます。



また、各町家では「屏風祭」として家に代々伝わる美術品を展示し、私達の目を楽しませてくれます。

奇應薬の秦家
キオウ堂2
山田彌
山田彌3

その他の町家から 段通も素敵!
屏風祭1
屏風祭10
屏風祭4
格子から垣間見る屏風祭
屏風祭5
コンチキチンの音色がどこからか聞こえ提灯に灯りが燈る頃、素晴らしい美術品を見ながらのそぞろ歩きなどいかがでしょうか。



梅雨が明け、山鉾巡行も終わりいよいよ夏本番ですね。
皆さま熱中症にはお気をつけ下さいね。


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